ターラリラ ターララで始まるチンドン屋お馴染みの音楽の題名は『美しき天燃』という。作者不詳のこの歌は、なぜかチンドン屋なら必ず弾くという影の国民的ソング(だと私は思う)となっている。以前チンドンを始めたときに、この曲を絶対弾こうと思って、相棒の萩原さんに言うと、早速楽譜を見つけてきてくれた。
山や川の美しさを歌ったシンプルな詩もついていた。私の小さなアコーディオンでは曲の半分しか弾けないが(オクターブが足らない)、短いこの短調のメロディーを繰り返し弾くことは、何度弾いても飽きることなく、メロディーのなかにたたずんでいることができる。
私は密かに涅槃(ねはん)を感じるメロディーと思っている。このメロディーを繰り返し弾きながら、ゆっくりゆっくり道を練り歩いていると、生と死の間の心地よい空間にタイムスリップしたような気持ちになって、一生ここでこのメロディーを弾いていることができるような錯覚に陥ってしまう。
2月8日と9日、草津にある<地域通貨おうみ委員会>の要請で商店街との協働事業の応援にチンドン屋で呼ばれた。1日目は、商店街の会長とおぼしき人が、私たちのこのマイナーな音楽が気に入らなかったのか、あるいは、初めからそのつもりだったのかは知らないが、買い物のカートの上に、スピーカーをのせて、景気のいい鉦と太鼓の囃子をテープでガンガンならしていて、またその会長さんが先導してくれるのが、全体の空気をワクワクさせるモノから遠ざけていくように感じ、主催者の人に伝えた方がいいのか、少しだけどお金をもらって引き受けたのだから、黙って応じているべきなのかと、複雑な気持ちになった。
チンドン屋は、もともと楽しみで始めたので、プロを目指したり芸を磨いたりしてきたわけではなかった。ただ、私たちらしい時間を他と共有することができるときのみ引き受けてきたので、こういう不調和な気持ちで参加するのはよくないのではないかなあと思った。
2日目、私たちのそういう気持ちが通じたのか、主催者の方から、商店街の宣伝パレード(私たち以外に七福神もいた)とチンドン屋(鶴亀団)とを分けて、練り歩くことになった。それで、私たちらしいチンドン屋に徹することができ、朝の10時から夕方の4時前まで、ひたすら涅槃の巡礼者のようなチンドン屋をしながら、笑いとペーソスのある空気を街の人達と感じる時間をもつことが出来た。