3月24日に行ううさぶろうさんの服のファッションショーと作務衣の紹介、そして、コンサートという内容に企画会議をした。
タイから展示会の準備で来ていたうさぶろうさん、タイのエイズに感染した女性をサポートするための作務衣を販売するNPO<アクセス21>の代表の高橋さん(神宮寺)、モモの家から正木さん、しほさん、私。そして、これまで展示販売をサポートしてくれた為さん。2回のファッションショーを手伝ってくれた宮部さん、麻衣さんらも加わっての顔合わせ。
高橋さんがパネラーとして出ていたシンポジウムに参加した正木さんらから、とってもおもしろい人だという人物評を聞いていたが、自分の思ったことをビジネスライクにすすめることのできる行動力の人だった。
アクセス21で展開している作務衣を売る援助を通じて、日本での事務局の専従者に給料を支払い、事務経費や企画費を計算し、経費以外に残されたお金をプールし、NPOの意志として、定期的にタイのエイズ感染の患者への支援に使っている。私たちの組織の不十分さも、この話のなかで露呈してきた。NPOであれ、会社であれ、自立した組織にするには、必要経費を予測し、それをどんな事業でまかなうのか、会費をいくらにするのかを協議していかないといけないが、そういう視点を持って経済の先取りができていないのが現状だ。
収益事業を立ち上げるための、日常の仕事を支える事務体制や専従者の給料について、話し合えないまま、経費をなんとかして算出することで手一杯だった。
振り替えってみると、都会でこれだけの拠点を借り続けるということに、かなりの無理があったので、それまでの予算と決算というバランスでは、立ちゆかなくなったというのが、正直な話だ。もう、頑張るしかないという状況の中で、自分自身も周りの人達も、犠牲にしながらすすんでいって、とうとうお手上げになった私が、それでも、ここをやめることができなかったというのが偽りのない事実。私の家族(子どもたち)、そして、金銭的にもいっしょに支えてきてくれたスタッフのおかげであった。
この3月でまる10年になる「いのちと食」情報センターの組織としての再構築が、今まさに必要なのだと感じた。
それぞれにとっての巡り合い。生と死、循環。いのちのありよう。そんな思いが現れるイベントのテーマが生まれた。
往還。サーキュレーション。